見知らぬ人との会話

先日夜帰宅すると、若い男の人が家の前の道でスマートフォンを見ていました。

人通りの少ないところなので、「何かお探しですか?」と聞くと、

「ここに行きたいんです」とスマートフォンを見せられました。

そこは少し離れたお風呂屋さんでした。

里葉の隣が昔お風呂屋さんだったので、それを目当てにここに辿り着いたのかも

しれません。話すと中国か韓国の方のようで、地図が読みにくいようでした。

そこでスマートフォンを見て道を教えました。

 

道を教えるのは久しぶりです。

スマホのない時代、昔はよく道を聞かれました。

私は道を教えるのが好きでした。

今では道を教えることがなくなり、少し寂しいです。

今から考えると、見知らぬ人と話す訓練になっていたかもしれません。

 

見知らぬ人との会話と言えば、電車の中での面白い体験を2つ思い出しました。

一つは、幼い娘を連れて乗っていた時に、SMAPのコンサート帰りのおばさまが娘に

SMAP知ってる?」と話しかけられました。おばさまはコンサート帰りのようで、

うちわを持っていて気分が高揚しているようでした。「誰がお好きなんですか」と聞くと、「五郎ちゃん!」とうれしそうに答えてくれました。その後、少しお話ししました。推し活という言葉はまだありませんでしたが、あれは元祖推し活で、やはり幸せそうでした。

 

もう一つは、電車内で座っていた時に高齢の女性が乗っていらしたので、席を譲ったら、隣の若者が立って私に席を譲るのです。その時私は家事、育児の合間を縫って

一生懸命英語の勉強していた時だったので、電車内でも英語の勉強していました。

隣の若者は「一生懸命英語の勉強をしているからどうぞ」と言ってくださったのです。

その人が、自分もしていた英語の勉強が懐かしいと話していると、先ほどの高齢の女性が自分はどこそこの駅に行くのだが、乗り換えはどうすればいいかと聞きました。

すると、若者が自分はその駅で降りると言うので、私が「それならばその方を案内してあげてくださいますか?」と聞くと、若者は「案内しますよ」と言ってくれて、その後3人でお話ししました。

駅に着くと、2人は仲良く降りて行きました。私は温かい気持ちになりました。

全くゆきずりの交流でしたが、今はそんなことは起こりにくいような気がします。

 

もともと見知らぬ人とのちょっとした会話ができる場所として、カフェ里葉をつくりましたが、これが大事だということが最近読んだ本に書かれていました。

 

THE GOOD LIFE  グッドライフ 幸せになるのに遅すぎることはない」

ロバート・ウォールディンガー マーク・シュルツ 著

 

この本で著者は、幸福で健康的な人生を送るための鍵は「良い人間関係」であると言っています。その中で、

「カフェの店員さんなどとちょっとした世間話をするなどのささやかなひとときが、ストレスを和らげ、気分を高めてくれ、一日中良い影響を与えてくれる。これを習慣化すれば自分や人間関係全体にとって効果は大きく広がっていく」

とあったので、ささやかなことですがそのようなことがあると嬉しいと思いました。

 

里葉カフェで私は、ご来店された方と話すことは多いです。

 

先日、難しい顔をした女性が来店され、ご注文の時もその後も難しい顔をされていました。どうしたのかなと思いながら、帰り際にカウンターのチラシなどをご覧になっていたので、話しかけて少しお話しすると、全く違う素敵な笑顔になられて、このお店に来たかったのだけど、入っていいいのか迷っていたとのこと。確かに門の外からは中が見えず、入りにくかったのかもしれません。

意を決して入って、その後も緊張されていたのでしょうか。話したことで緊張が解けて、笑顔でお帰りくださって良かったと思いました。

 

どんな些細なことでも、なんでも話しかけてくださいね。

ちょっとした交流が、気分転換になってくれたら嬉しいです。