文字配列の思い込み
以前、「文字校正の時に、カタカナの名前や地名などでは文字の入れ替えがよく起きて、それを見つけるのが大変だ」との記事を読んだことがある。
例えばエレベーターがエベレーターとなっているようなことだ。
そこには「オバマがオマバになっていたことがあり、3文字でも無理か!」と書いてあったので笑った記憶がある。その後、私がマレーシアのコタキナバルへ行った話をLINEですると、姉はコナキタバルと書いてきたのでこれだなと思い、訂正するも何度も同じように書くので、最後はまあいいかと思ったのだが、最近笑えない大失敗をしてしまった。
それは先日イベントで行った対話型鑑賞を体験するために近代美術館へご案内いただけるというお話があったときのことだ。
思えば一番初めの思い込みがいけなかった。近代美術館へ行ったことがなかった私は、ガイドの安斉さんが「竹橋(たけばし)にあるんです」とおっしゃったのを「竹芝(たけしば)」と聞き間違い、そう思い込んでしまったのだ。
その後、美術館前で待ち合わせをしたときに、私は近代美術館の場所をネットで確認したにもかかわらず、竹橋駅から3分をを竹芝駅から3分と思いこみ、その日はのんびりとゆりかもめに乗って竹芝へ向かったのであった。竹芝に着いて、駅の案内板で近代美術館を探してみたがない。Google マップで探してもなく、近代美術館と検索すると、全く違うところにあるではないか。その時に自分の大きな間違いに気づき、焦った。
すぐに安斉さんに平謝りに謝り、そこから急いで電車を乗り継ぎ竹橋まで移動して、なんとか1枚目の対話鑑賞に滑り込むことができた。
こんな失敗は初めてであるが、大いに反省した。
原因はなんであろうか。まずは竹橋と言う地名に馴染みがなかったため、初めに竹芝と思い込んでしまったのである。竹芝に美術館なんてあったかなぁと思いながら思い込んでしまった恐ろしさ。脳が老化したのだと怖くなったが、しばらくして、子供の頃にもこのような言葉の順番間違いのエピソードがあったことを思い出した。
小学生の頃、私は童話のような物語が好きだった。そこで自分でもお話を作ったりしていた。読んだことのない本のタイトルを見て空想し、自分勝手にお話を作る遊びも時々していた。
ある時、学校の図書館で見つけたタイトルは「がんばりおとした11人」。
これは何かに挑戦したが、うまくいかなかった人たちの話なんだろうと想像して、そのようなお話を考えたが、結末がそれではどうしようもない。
それからしばらくしてその本のタイトルを見ると、「がんばりとおした11人」とあるではないか。
その時は、そりゃそうだよなと納得したのだろうが、大人になってからこのことを思い出すと、自分の馬鹿さかげんに大笑いして、家族などに話して笑っていた。
「がんばり落とした」は、ないだろうと。
しかし、今回は笑い事ではない。思いこみの恐ろしさに気をつけなければ、と自分を戒めたのであった。
(クイズ:「がんばりとおした11人」はどんな物語だったのでしょう。
今はないようです。わかった方は店主まで😉)